ARTIST BLOG

2008/07/14
2008.7.14


アルバムに向けてのレコーディングが進行している。
現在着手している楽曲は私も作曲に携わった。
ここ数年の間に何人かのアーティストの先輩から作曲に携わることを奨められたことがあった。
みなさんには以前から大変に深い尊敬があったので
普段は人の話を素直に聞き入れない強情な私も
そのアドバイスを聞き流すことはなかった。
そうしたメッセージとの縁について長い時間静かに考えていた。
私はデビュー当時から、作詞作曲に携わらないスタンスで進んできたシンガーだ。
たいして才能もない人間が作詞や作曲を成そうとすることは表現者として
謙虚な姿勢でないとも語ってきた。

ある時、とある先輩から
「できなくてもやってみることで、実際にやっている人の気持ちがすこし理解できるようになるよ」との
アドバイスをいただいた。
これが私にとって大変に斬新な見解だった。
制作の中でプロデューサーとの共通言語が増えることはいいことに違いない。
と、事務所にお願いをしてキーボードを家に入れていただき、練習をしたり
またある時は親しいミュージシャンとジャムセッションをする機会を設けたりした。
スタッフも快く応援をしてくれたので私も水を得た魚のごとく生き生きと勉強を始めることができた。
音楽をもっと知りたい!という好奇心。
その心に意義があるとして始まったその作業は、時を経るうち何曲かのデモを生んだ。
はじめそこに作品創りのつもりはなかったのだけど
結果そこに現れたものが自分的にも結構イケちゃっていた。

今からレックしようとしている楽曲はジャムから生まれた曲だから
おおまかなメロディーは私が提案したものになる。
するとクレジットにはSalyuって名前が作曲者名に並列することになる。
でも、私はといえば気分に満ちた鼻歌を歌っていただけで作曲ということに貢献した実感があまりない。
私の鼻歌に、コードをつけたり編集をしたりする人の存在があるのだけど
その人の頭脳がなければ、音も曲にはなれないから。
作曲とは編集作業なのかもしれないと思ったりもする。
また、楽曲がどのように構築されているのかを細かく知っていくことは
ボーカリストにとってまちがいなく大切なことであるとも痛感しはじめた。
例えば歌とコードとの関係性。
メロディーを担う者が、走るコードと上手に恋愛が出来るようになると
歌の色気、カラット数みたいなことが変わってきたりすることがある。

色々な縁を通じて、人生観は思ってもみない方へ変化する。
ある先輩アーティストの一言が忘れられない。
そのとき私は「作曲なんて絶対に無理ですよ」と言い張っていた。すると
「やってみたこともないのにできないと思っているおまえさんの頭脳が傲慢だな」と叱咤されたのだ。
なぜか悔しい。悲しくもなった。でもなぜかうれしかった。
そのへんの複雑な気持ちをまとめることがめんどうになり泣いた。
でもそこから音楽に対する謙虚さって何か、改めて自分に問うようになった。
私は作詞作曲に一切携わらないスタンスで進んできたシンガーだ。
それこそが私が音楽に対する最も謙虚な在り方であると思ってきたから。
でも今、私の中にあったその観念の壁を破り出てきた好奇心がある。
本当にそれでいいのかと過去の自分が今に問うけど
制作はその応えを待たずに進み出した。

from Salyu

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